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1998年8月1日 |
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Shunの創り出す作品(作詞作曲編曲)に賛同した仲間達と和音(わいん)を結成。
「演奏するメンバー、周りで支えてくださる方々、そして、聴いてくださる方々の”想い“が全て合わさった『和』、それが音楽という形で生まれたのが私達のサウンド『音』。」「世界に進出した時、どの国の人でもワインという名前は覚えやすい。」というふたつの意味からグループ名を「和音(わいん)」と命名する。
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2000年 |
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ハンディキャップ児のためのミュージカルを製作、ハンディキャップ施設等で公演。
平行して、和音のサウンドを追求、地道に創作活動を積み上げる。
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2007年 |
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ライブハウスでのライブ活動を開始。
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2009年 |
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ジーデスレコードと契約。
CDデビューを果たす。
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Shun(作詞作曲編曲) |
1962年 |
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東京都で生まれる。
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| 1976年 |
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音楽で創造して行く事の素晴らしさに感銘を受け、中学2年生の時「絶対プロの作詞作曲家になる。」と決意。
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| 1981年 |
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自分自身が学校に合わず、ずっと苦しんでいた経験から「自分は学校が嫌いな子供達のための教師になる。」とも決意し、小学校教員養成の大学に入学。
学生時代、自分のオリジナル曲でバンド活動をするが、まったく芽が出ず大学生まででバンド活動を終了
その後「和音」のメンバーと出会うまで、誰にも知られずひとりでコツコツと創作活動を続ける。
大学生時、小学校教師になるための努力をするが、ボランティアや教育実習等さまざまな経験を通して「自分のやりたい教育は学校教育ではない。」と結論を出し、小学校教師にはならない決心をする。
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| 1985年 |
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「自分のやりたい教育」を探すため、サラリーマンで生活費を稼ぎながら様々な施設でボランティアをする。
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| 1995年 |
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10年間いろいろ探し回るが、どの教育も自分の目指すものと少しずつ違っている事に気づき「本当にやりたい事は自分で創るしかない。」という結論に達し、「一生1円の収入が無くても構わない。ハンディキャップ児者教育が自分の天職だ。」とサラリーマンを辞める。
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| 1996年 |
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知的ハンディキャップ児者グループ「足立キッズクラブ」を設立。
http://www.geocities.jp/windeers/adachi-kids.htm
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| 1998年 |
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自分の作品を認めてくれた「足立キッズクラブ」のスタッフと数人で「和音」を結成し、自分の作品が発表できるようになる。
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| 2009年 |
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ジーデスレコードからCDデビュー。
「あきらめなければ、夢はかならず実現する。」と思い続け、30年以上の歳月をかけて中学2年生の時の誓いを現実のものとする。
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Yoko(ボーカル) |
19XX年 |
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東京生まれ。
血液型 A型
現在は千葉県在住
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小学校では合唱部に所属、NHK合唱コンクールに出場。
高校では、友人3人とフォークソンググループを組み、文化祭等で演奏。
大学ではスキークラブに入り、歌とは距離をおいた生活をエンジョイしていた。
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2000年
2008年
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結婚・出産後、息子達の通う幼稚園で、お母さん達の合唱サークルに参加し、また歌を楽しむ環境となった。
足立キッズクラブのスタッフとして活動に参加。
和音に加入。
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現在は、「和音」の他に、
ア・カペラコーラス「エフェメール」
「アンサンブル濤音ーtoneー」
でも、歌を楽しんでいる。
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